GRADUATER'S Voices

アンを卒業してからが本当のスタート! …活動中の卒業生を紹介

アン・ミュージックスクール 河野 慎司

河野 慎司さんはこんな音楽活動をするドラマー!

 高校卒業後アン・ミュージック・スクール、ドラムス科に入学。アン3年間の在籍中は村上ポンタ氏、長谷部徹氏に師事。卒業後長谷部氏の5年間のボーヤを経て、加古隆、三上寛、RRR、Feel TV、The Spooks、エイミーチャコール等のライヴ、レコーディングを活動的にこなす。The Spooksでは、横浜国際競技上で行われた矢沢永吉氏のコンサートのオープニングアクトをつとめる。波風の激しい音楽業界の中で安定したドラミングや信頼度の高さは今後も数多くのアーティストから注目されるドラマーの一人である。

アン・ミュージックスクール河野 慎司
アン…音楽学校に通おうと思った動機、またアンに入学を決めた理由をお教え下さい。
河野…あまり深く考えていなかったんですけれど(笑)、基礎からしっかり勉強したかったしプロになるには学校に行くのが一番早いと思っていました。それで高校3年の時、友人の父親で音楽業界に詳しい方がいましてお勧めの学校を聞いたら「アン以外はダメ、アンに行きなさい」と強く言われ、それが一番のキッカケですね。勿論、長谷部先生がアンに居たからということもあります。    
アン…実際にアンで学んでみていかがでしたか?いつもどのような気持ちでレッスンを受講されていましたか?
河野…やはりアンには「しっかり勉強したい」と思う生徒が多くとても刺激がありました。授業にしてもスタジオの中は緊張感があり、当時を振り返ると練習の仕方や音楽に対する心構えなど、全てにおいて甘かったと思います。もし昔に戻ってあの当時の授業を受けられたら、今頃もっと凄いドラマーになっていたかも知れませんね(笑)。
アン…プロとして活動を始められてから、現在の活動に至った経緯をお聞かせ下さい。
河野…そうですね、一番最初にした仕事はアンに入って1年位で、アンから紹介されたレコーディングでした。しかも憧れの青山にあるビクターのレコーディング・スタジオで録音したので、感動したのを昨日のように覚えてます。その後、単発では仕事をしていたのですが、ドラムだけで生活は出来ませんでした(笑)。しかも練習ギライだった為、若さだけで通用した時期も終わりました。25歳の時には自分の甘さが分かり精神的にボロボロでした(笑)。そんな時、長谷部先生のボーヤ(アシスタント)になり、長谷部先生の一流の現場を見てから鬼のように練習しましたし、このお陰で精神的にも成長しました。そして矢沢永吉さんのライブのオープニングアクトに参加し、それから仕事を色々頂くようになりました。
アン…仕事現場での興味深いエピソードなどがあればお教え下さい。
河野…本番でカウントを出してはじめたのは良かったんですが、途中で違う曲だと気がついた時は体全身から汗がでましたね(笑)。あとからスタッフに「今は若いからいいけど、10年後だったら仕事がないよ」と言われました。自分の意識の低さや甘さを痛感した現場でした。
アン…今後の活動予定や抱負をお聞かせ下さい。
河野…もうすぐエイミーチャコールのレコーディングが始まりライヴもあります。ミュージシャンに限らず「出会い」が大事だと思うので、自分としては今後も色々な人に出会い、色々な人と仕事をしていきたいと思います。
アン…最後に、プロを志している読者の方へのアドバイスやメッセージをお願いします。
河野…まずはKEEP WORKING「音楽を続けること」だと思います。自分の目標をしっかり持って、それに向け強い気持ちを持ち続けてほしいです。皆さん頑張って下さい。僕も頑張ります。
アン・ミュージックスクール東京校 河野 慎司

「エイミーチャコール」
凛としながらも、時に暖かく、そして切ない珠玉のソング・コレクション。60’S〜00’Sまでのあらゆるジャンルや時代を自由自在に行き来するメロディー、それを可能にする卓越したソング・ライティング能力と確かな音楽知識に裏づけされた圧倒的なクオリティーを誇る楽曲の数々。英語と日本語を巧みに織り交ぜ、新しい世界観を提示するコトバ、そして類まれなる美声と美貌を兼備した稀有アーティスト。約10.000本のデモ・テープの中から飛び出した才能は、約1年間の準備期間を経て、数十曲ものストックの中から厳粛に厳選を重ねて7曲で今始まりを告げる。
http://www.aimeecharcoal.jp