音楽学校 アン・ミュージックスクール OB情報 河野晋佑編

GRADUATER'S Voices

アンを卒業してからが本当のスタート! …活動中の卒業生を紹介

アン・ミュージックスクール 河野晋祐

河野晋佑さんはこんな音楽活動をするキーボーディスト!

ピアノ実技を羽仁先生に師事 2005年3月卒業

 アン在学中から数々のバンドでキーボーディストとして活動。卒業後、2007年7月21日にキングレコードよりメジューデビューする、作詞、作曲、Vo を担当のRYOとTAKU兄弟を中心としたバンド「FREEASY BEATS」にキーボードとして参加。また同時にプロマジシャンでプロギタリストであるSHUとVoのダイナマイト・ミキを中心としたバンド「JAZZIC」でも活動中。その他多数のバンドでレコーディング又ライヴサポートキーボーディストとして活躍中。

アン・ミュージックスクール 河野晋祐
アン…プロ活動のきっかけ何だったのですか?その経緯を教えて下さい。
河野…今思うと卒業と同時に運良く某タレントのサポートでバンドに参加したことがプロになる切っ掛けだっかもしれません。でも事務所の待遇が余り良く無くて、バンドの音楽も僕の好みではありませんでした。そして1年後脱退しました。ただこの時の経験が今にすごく活きていると思います。
アン…具体的にどんな経験だったのですか?
河野…例えば・・・バンドのコンセプトがロックンロールだったので、髪型をパンチパーマのリーゼントにされたんです (笑)。さすがにプライベートの時は恥ずかしかったですね。それとライヴではヤンキーの人が沢山見にくるんです。それがすこし怖かったですね(笑)。でもプロとしての責任や意識が芽生えたのは確かです。
アン…では、7月にデビューする「FREEASY BEATS」はどんな経緯で加入したのですか?
河野…アン在校中から知合いだった、2年先輩のドラムス科の中薗君に紹介してもらったのがきっかけです。このバンドはジャグラーというブルーハーツがいた事務所で、マネージャーの方もしっかりスケジュール管理してくれて、人間的にもいい人です。オフの時もバンドメンバーと一緒に遊ぶくらい仲がいいんです(笑)。
アン…アンの入学動機と何かエピソードはありますか?
河野…僕は宮崎県のド田舎に住んでいたので(笑)、音楽学校の情報は皆無で、たまたま知合いにアンのOBがいて「アンはいいよ」と薦められアンに入学しました。
アン…確か河野さんは最初ヴォーカル科として入学して2年目からピアノ科に編入しましたが、学科を変更した理由は何だったんですか?
河野…僕は当時、ピアノはクラシックしかないと思っていました(笑)。でも音楽が勉強したいので楽器を弾けない僕は歌を選んだんです。だからアンではヴォーカル科でした。しかし、ある日ピアノの先生が、ジャズやブルースをピアノで弾いているのを聞いて、もの凄いショックを受け、その瞬間2年目からピアノを勉強しようと決めました。
アン・ミュージックスクール東京校 河野晋祐
アン…そうすると19歳からピアノを始めることになりますが、不安などはありませんでしたか?
河野…めちゃくちゃ不安だらけでした(笑)。授業の時間にスタジオの前で待っていると先輩の上手いピアノが聞こえてくるんです。初心者の僕は「俺って大丈夫なのか?」といつも考えていました(笑)。だから少しでも不安を取り除く為に、1日8時間はピアノの前に座って練習するようにしていました。
アン…それでは最後に、これからプロを目指す方に何かメッセージを頂けますか?
河野…自分もまだ夢の途中ですが、夢はかなうと信じ、音楽をやり続けることがとても大事だと僕は思っています。みなさんも頑張ってください。
アン・ミュージックスクール東京校 河野晋祐 FUNKY BROS

「FREEASY BEATS」公式ホームページ
DEBUT ALBUM「FUNKY BROS」キングレコードより2007.7.21ON SALE
CD品番KICS-1315